ライブ・スケジュール


謹賀新年

新年早々ではありますが、早速ライブを行います。今年もよろしくお願いします。




●1月9日 青山「プラッサ・オンゼ」
http://www.praca11.net/

東輝美(ボーカル&ギター)
織原良次(フレットレス・ベース)

●1月10日大船 ハニービー
http://www.l-honeybee.com/

東(ヴォーカル&ギター)
田辺卓司(7弦ギター)
内藤のぶお(パーカッション)

●1月18日吉祥寺 ストリングス
http://www.jazz-strings.com/

東(ヴォーカル&ギター)
阿部浩二(7弦ギター)
マツモニカ(クロマティック・ハーモニカ)
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# by michaelist | 2007-01-05 00:31

神様はこの良き紳士淑女を休ませます。

残り少ないですが、ライヴ、よろしくお願いします!

●12月15日 日暮里bar porto
http://www.geocities.jp/barporto/BarPORTO_Frame.html

東輝美(ボーカル&ギター)

織原良次(フレットレス・ベース)


●あと、12月17日と24日、青山のポールスミスで、フルートのうららちゃんと二人で、クリスマス・ソング・ミニライヴやります。気楽に聞きに来て下さい!





なんか、日頃から度々発言している通り、感心はしても感動とかはあんまししない、つまんない私ではありますが、たまたま、ここのところ、数名のミュージシャン友達から、とてつもない暖かいものを感じる出来事があり、落涙を禁じ得ない状態にあります。弱い人間は優しさには過剰に反応します。

 そのせいか、かなり昔の事をふと思い出しました。当時のバイト先で、勤務中は飲食は禁止であるにも関わらず、チーフが離席してる間に、隣りに座ってる人物が「東、これ喰う?」と机の下で贈答用の御菓子の箱をこっそりあけて、私に分けてくれたんだけど、その瞬間なぜなのか、非常に不思議なんだけど、全身が震えるほどの喜びと安らぎの波が訪れたのでした。
その人の事は、取り立てて良いとも悪いとも思ってなくて、私にとっては、ごく普通のバイト仲間であります。相手だって無論、特別私に良くしようなんて思ってません。たまたま、菓子折をもらったから、たまたま隣りにいる私に分けただけです。私は、それほど優しさに飢えた寂しい人間だったのでしょうか、と思うと、まあ、今も昔も、一般的には「うざい」「歩いてるだけで迷惑だ」と言われる私といえど、一緒に遊ぶ友達がいないわけじゃないし、彼氏とかもいたし、バンドもやってたし勿論家族がいて、溺愛する猫もいて、完全に孤独であるとは言い難い状況です。かといって、いくら私が貧乏とはいえ、この豊かな日本に住んでいながら、お菓子一つにそれほど感激するほどの飢餓状態にあったとも思えません。
 まあ、おそらく、私はその時点で、せいぜい小腹が空いており、一寸、御菓子が食べたい、まさにその事を体が欲していながら「御菓子が欲しい」、と意識する直前だったのでしょうか。通常なら、「菓子が欲しい」と自分が意識した時点で、人は、可能であればシアトル系コーヒーショップ等におもむき、コーヒーのついでになんか御菓子を注文するなり、コンビニエンスストアで購入するなりの、行動をおこしますが、そうして菓子を手にした時点と、「欲しい」と思った時点は完璧には一致しないです。無論、欲望には持続性があるので、そうして入手したお菓子は喜びをもたらしますが、それでもなんか、欲しい、と意識する直前の、まさに人間全体がそれを欲した瞬間みたいなものがあり、その瞬間と眼前にそのものがある状態が重なる事など、滅多に無く、その時間と空間が重なり合うのは、やはり宇宙の大いなる力っていうか、神の手がもたらした奇跡なのでは無いか。だから全然めずらしくない御菓子にも関わらず、常軌を逸したこの感動は、その相手に涙を気づかれぬようにするのが困難なものであったし、菓子の上に飾ってあったマカデミア・ナッツに至っては、大好きなのですが、食べるのもおそれ多く、しばらくそっと引き出しにしまっておき、指先でころがし眺めたりする位だったのではないか、と単純な推測
をせずにいられないのでした。

人は、ある日、富士山がみたい、と体が欲し、自分は富士山が見たいのだ。と意識し、その、意識までに若干の時間の流れが、あります。それで、いろいろ準備して、旅にでます。で、恋いこがれた富士山が眼前にありますが、実は、富士山が見たい、と体が欲したのは、過去の一瞬であり、今、自分は感動していると思ってますが、それはその、すでに過ぎ去った欲望、2、3日前、富士山が見たいと感じたのの余韻と眼前の富士山が重なっている状態です。で、逆にある日偶然に旅路で富士山をみたときは、あっ富士山だ!と多くの場合歓声をあげるのですが、そのとき、必ずしも富士山を見る事を渇望してる事は稀です。無論、富士山はいつ見ても感動的です。が、その見たい、と本当に思う時間とぴったり重なった時に眼前に富士山があれば、それは神がもたらした事としか思えない。

そう思えばそのちょっと前、やっぱりそのバイト先で、私は、こんな人間なので、どういう職種にしても必要とされる事などないのだけど、わけてもここは、いくら親戚のコネとはいえ、不釣り合いにも程がある、というのはそこは某大手電話会社の子会社で、働いてる人の多くは本社から出向してる、エリートっぽい人々だったのです。で、Kさんという、幹部候補の女性がいていつも忙しそうにして、私になど目もくれないんだけど、まあ、あまり何も仕事を振らないのも気の毒だと思ってるのか、「東嬢、コーヒー入れて」とか「おにぎり買って来て」と一般的には、アリンコにだって出来るような仕事、と言われてる類の頼み事をするのでした。直属の部署ではないので当然とは思いますが、忙しい時はお互い様というムードがあり、みんなが心を一つにして残業しそうな時も定時になればKさんは「東嬢はバンドとかあるんでしょ、帰って良いわよ。」と言い、勿論バンドが毎晩のようにある筈がなく、多くの夜は家で猫を膝にのせてTVとか見てるだけなんだけど、まあ、残業したところで私などは足を引っ張るだけである、という気持ちもあり、お先に失礼するのが通常でした。が、ある時期、Kさんは、大きい仕事の責任者となって、あまりにも忙しそうでした。連日の残業とカップラーメンで段々、顔色が緑色になってて、何だか不安を誘いましたが、私が力になれる事など何もなく、気になりつつも自分は自分の仕事をするばかりでしたが、ある日、誰もいないオフィスで、ワープロ作業を終えて帰ろうとして、ふとKさんの机をみると、なんか手書きの資料みたいのがあって、「今日中」となぐり書きしてあります。相変わらず、夜遅くまで取引先で打ち合わせとかして、帰社して、これを又、今日中に作成するのかー大変だなーと思い、まあ、一枚くらい、ワープロでうっとこう、と軽い気持ちで、Kさんの机にあった書類を勝手に作っておいといたら、翌朝、私の机に、メモが
「ひがしじょう ほんとうに ありがとう 涙ちょちょぎれでした。K」(この文体で、何年くらい前の話しか、わかりますねー。)とあります。しかも文字が一部にじんでいます。あの、クールビューティの、飲み会でもほとんどエモーショナルな部分を見せないK
さんが。、。わたしは、かつてこんなにも人に感謝された事があったろうか。と思うと、せいぜい終電で酔っぱらったおじさんとかを起こしたりして感謝される事はあっても、それは、相手が酔っぱらってて、あくまでも気の毒だからです。Kさんは幹部候補です。将来のセレブリティーです。見た目もきれいで、それはまあ、前途の残業その他の疲れでその時点では、顔色が緑がかってお化粧もぞんざいで、一時的には少々さえない感は否めませんでしたが、その仕事をひと山こえてしまえば、もとの美しさをとり戻す事は明白です。しかも仕事一筋っていうわけじゃなく、休日は彼氏とサーフィンとかしてて、まあ人の内面なんてわからないけど、目に映る彼女に気の毒な面など探しようもないので、つまり、そういう人から私が有り難がられるなんて。書類を打つのに私は30分くらいかかりましたが、Kさんなら3分で出来る筈です。対して有り難い事などしてないです。頑張ってるKさんの中に一瞬、かすめた、3分で出来る作業さえもういやだ、疲れた、という思いと机上の書類が奇跡的に合致したのかなあ、とその、御菓子の一件で改めて考えたのでした。
 
現在、私はとっても悲しい気持ちが持続してるから、その頂点じゃないにしても、
だから、友人の優しさに打たれてるので、彼らが、別に私に優しくするつもりなど毛頭なくて、当たり前の事をしてるだけなのかどうかなんて事は、まあ問題では無いのです。
 神の奇跡は、美しいセレブリティーにも、冴えないボサノヴァ歌手にも、等しく、もたらされる可能性があるのです。お茶菓子ひとつで、それを感じられるんだから、と思えば、
生きてる事に感謝出来る。とキリストの生まれた、とされてる月に思いをあらためるのでした。

 
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# by michaelist | 2006-12-13 13:07

ライヴ・スケジュール

師走ではありますが、下記の要領で今月もライヴを行います。いろんな友人といろんな曲を演ります。是非、来て下さい!

●12月7日 青山「プラッサ・オンゼ」
http://www.praca11.net/

8:00スタート
チャージ:2000円

<アス・クリーヴェイス>

東輝美(ボーカル&ギター)
中西文彦(エレキ・ギター)
織原良次(フレットレス・ベース)
ビック(パーカッション)




●12月9日 高津 オンタイム
http://bsn.bbzone.net/ontime/

東輝美(歌・ギター)ソロ
共演・平田王子(歌・ギター)





●12月15日 日暮里bar porto
http://www.geocities.jp/barporto/BarPORTO_Frame.html

東輝美(ボーカル&ギター)

織原良次(フレットレス・ベース)


●あと、12月17日と24日、青山のポールスミスで、フルートのうららちゃんと二人で、クリスマス・ソング・ミニライヴやります。気楽に聞きに来て下さい!
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# by michaelist | 2006-12-04 13:14

<最新ライブ情報>


10月前半のライブスケジュールをお知らせいたします。
皆様ぜひお越し下さい!!



●10月2日 @平塚「サッドカフェ」平塚市代官町9-8
                  0463-21-0333

7時30分〜 (投げ銭ミニライブ)

東輝美(ボーカル&ギター)
中西文彦(エレキギター)
鈴木ビック健一(パーカッション)


●●10月10日 @青山「プラッサ・オンゼ」
http://www.praca11.net/

8:00スタート
チャージ:2000円

<アス・クリーヴェイス>

東輝美(ボーカル&ギター)
中西文彦(エレキ・ギター)
織原良次(エレキ・ベース)
ビック(パーカッション)


●●●10月13日 @日暮里「バー・ポルトゥ」
http://www.geocities.jp/barporto/

7:30〜/9:00〜
チャージ:2500円

東輝美(ボーカル&ギター)
マツモニカ(クロマチック・ハーモニカ)
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# by michaelist | 2006-09-29 00:27

滅多に飛び跳ねる事のできない剃刀

9月のライブ情報です!


●9月2日@吉祥寺  lanchonette&bar ALVORADA
http://www.alvorada.jp/index.html
東(ヴォーカル&ギター)
阿部浩二(ギター)
マツモニカ(クロマチック・ハーモニカ)

頼りにしてます。マツモニカと阿部機長。各自とはご一緒する事多いけど、三人一緒にやるのは初めて!

●9月13日@大宮 インディアンレストラン ムムタージ
http://www.tajmahal-jp.com/mumu/main.html
東(ヴォーカル&ギター)
石河ウララ(フルート)

とてもお洒落でカレーの美味しいところ。いつも可愛いウララちゃんもスペイン帰りで、また一回りパワーアップです。

●9月19日@大手町 レストラン マンハッタン・ブルーhttp://www.sankeikaikan.co.jp/restaurant/european/manhattan.html
東(ヴォーカル&ギター)
重久義明(ピアノ)

マンハッタンブルーは最近、、音楽メインのお客さんのための席とか、を設けてます。
以前より、気楽に聞きに来て楽しんでもらえそう。今回は、憧れの重久さんと初共演です!


●9月20日@大船 ハニービー
http://www.l-honeybee.com/
東(ヴォーカル&ギター)
田辺卓司(7弦ギター)
内藤のぶお(パーカッション)

最近はこのユニット、渋く、インストナンバーとか、増やしてます。格好良いです。



**************



それにしても、何年か前に、アスペルガー障害の診断を受け、そのなかでも、LD(ラーニング・デイスオーダー、学習障害の事です!)の傾向も結構強いです、なんて、お医者さんに言われた事が、人生最良の出来事である、なんて、未だに言ってる私にとっては、馬耳東風なんです。
 平和に関するTV番組とかそういうのって。勿論、読書は、大っ嫌いだから、自ずと誰にでも、わかりそうなTVとか、学校での議論とか、その他諸々を自分なりに、理解したい、ともう何十年と四苦八苦してるのに、昔も今も、ちっとも発展しないんです。つまり、戦争は、イヤだ!だって、家に爆弾がおちたり、お父さんが、なんか外国人を殺したりするのなんて、絶対やだ!とあくまでもエゴイスティックに自分を可愛がる気持ちより先に。。こんな国民が一人でもいるかぎり、戦争は避けられないのでは?と思ったりします。仮に私が反戦デモに参加したり、署名運動をしたところで、この志の低さはどうにもならず、「命よりも大切な何かのために闘う人」より、尊いとはとうてい思えないからです。
 そんで、そんな風におセンチになって、涙にくれて、残忍さに目を覆うばかりで、それってなんか、殺人事件とか、そういうニュース見てる気分と、大差ないわけです。規模が違う、殺された数が違う事くらいしか、わかんない訳で、私、昔っから苦手なんです。数で物を考えるのが。「一人でも多くの人を救おうと。。」とかそういう台詞になぜかぞっとしてしまう。仮に私と息子がユダヤ人だとして、収容所にいて、そんでシンドラーみたいな人(古いですね。。)のリストに、私と息子が載ってなかったら、って考えると、「他の何人を助けようが、私達を助けなかった奴」を尊敬出来ないんですね。神はなぜこんな、私という浅はかなエゴイストを、作ったんでしょう。こんな事ならいっそ何も知らされないほうがよっぽど平和につながるんじゃ?とつくづく思います、。くそーこうなったら、虫けら扱いされても、生き抜いてやる、
 
 なんて、思ってるうちに、ふと、もしや?と思った時がありました。いつだったか忘れたけど、つまり、やっぱ、なんか、悲惨な殺人事件みたいなニュースを前に、バイト先の皆がその加害者を非難してる時、なぜ、一緒に非難する気持ちになれないのか、と思ってたら、そうか、この事件の被害者である幼い子供は、神に選ばれた、人々の罪を背負った犠牲者なんだ、と思ったんです、。本当に、一緒にして、申し訳ないけど、生きてる人は皆、私と大差ない、罪深い人々であり、神は、いたいけな命を敢えて犠牲にしたんだ。私やなんかの替わりに。直接、手を下した人と、私の間には、さほど距離が無い事を解らせるために。人々が、もっと、今生きてる自分を振り返るために。あまりに酷ですが。
 
 そんな折、とうとう、911が起こり、私には、B大統領の演説の内容は次のようなもの以外、ありえない、と思われました。
「自分が、アラブ諸国に対して不当な政策をとり続けたが故に、彼らを、こんな行為をさせる程にまで追いつめた。私が、自分の手で大事な息子たち(犠牲者)を殺したのと同然である。本来なら私が十字架を背負って、ゴルゴダの丘を登らなければならないのに、彼らは、私でなく、私の何千人もの愛しい息子たちを磔にした。どうか皆、私を罰してほしい。」 だいたいこんなような事を言うんじゃないか、世界で一番強い国の一番偉い人とかは。勿論、どうやって罪を償うか、という事は、私には到底、想像できないけど、そういう偉い人なら、なんか、考えるだろう、と。と一緒にTVを見てた両親に言ったら、本気で怒られました。「全くバカじゃないか、お前は本当に想像力が無さ過ぎる、実際の当事者の気持ちがわからんのか、」と。実際、いざ演説が始まったら、前途の物とかけ離れてたのは言うまでもありません。

 やっぱ、間違いでしょうか。
 普段、幼子と共に車に乗っている我々の、普段、蟹って食べたいけど高いよね、と言ってる我々の、流れるプールで平素は、、遊び高じてる自分、管理してる人とかにろくに感謝もせず、そんな我々、普段何も特別に思わず、エレベーターで、簡単に上がったり降りたりする自分、そういう自分たちにとっての、キリストである、あの人々は、子供らは。と考えるのは。

 とここまで書いて、またまた、思い出しました。以前、息子が、Mドーナツに入ろうとして、自動ドアにぶつかってしまった時のことを。号泣するわが子を案じて大わらわになり、やっと落ち着くと「この騒ぎを全く気にも留めない店員達」にふとムカッ腹がたち、てめーらの自動ドアで子供が怪我したかもしれないのに、涼しい顔して何シカトしてやがる、とつい文句を言ってしまいました。というか、もう、使命感みたいのが溢れて、ここは、黙ってては、いけない!と、自らを奮い立たせます。店内のムードは一変しましたが、知った事じゃありません、百組の幸せより、一組の弱い母子の痛みの方が重みがあるんだ、というなんか、尊い霊感みたいに打たれているがします。勿論、日頃は、安価で子供とのおやつタイムを楽しませてもらってありがとうね、なんて、いう気持ちは心の引き出しに押し込めてしまい、生まれてから一度だって、こんな場所、好きだった事なんかなかった、と自分で、決めます。子供が勢い良く駆け込んだのを見落としたのは無論、私です。9割方、私が悪いです。我ながら、勝手にも限度があります。(ちなみに、その後、店長が、実際は対して怪我したわけじゃないからいいです、って言ってるのに救急車を呼び、後日ドーナツ一箱とおもちゃ一式持って我が家に謝りに来ました。彼の振る舞いが正しいのは解ってはいるんだけどなんか哀しかったです。ここで騒ぎを大きくしたくない。この母親怖いっていう感じしか受け取れなかったからです。ただその場で一寸、「大丈夫でしたか?」て言って欲しかっただけなのに。)本当に、平和が欲しいです。世界の平和より、何百歩も手前にいる、私の心の中に平和が。
 
 
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# by michaelist | 2006-08-28 11:30

ワイルドサイドじゃ無いほうの側を歩きたいんです

 頭を空っぽにする時間、と称して、やたらとシアトル系コーヒーショップ等に足を運んでは一服する私ですが、実際は、その正反対の時間の過ごし方をしてしまう場合が多いのが現状です。

 昨日もそうでした。窓の外のすっかり深緑色に茂った木々が雨に濡れるのを眺め、一杯のコーヒーと共に至福の時を過ごしていた私のとなりに、小洒落た大学生の男女が数人、座り、盛り上がっておしゃべりを始めました。邪気の無さそうな、楽しげな様子の人々で、最初は、全く気にも止めてなかったんですが、ふと気がつけば、彼らは、「○○はうざい」「ああいう女にはかかわらない方が良い」と皆で心を一つにして誰かを中傷しています。不愉快に思いつつも、聞き流せなくなってしまうわが身を呪うひとときです。こうなったら仕方ないです。この際、積極的に聞耳を立ててしまえ、と、注意を傾けてますと、その○○っていう女の子は、誰それを追いかけ回して挙げ句にビールをぶっかけた、とか何とか、で、簡単にいえば、「○○は、振られてばかりで、ストレスがたまり、危険な振る舞いをするんで怖え、やっぱ彼女には下手に優しくしちゃいけない」という事らしいです。
 切ないです。そうやって、寂しさゆえにウザくなる→皆で心を一つにして、避ける→ますます孤立し→余計にウザい人になる。
ウザさの雪だるま状態を間のあたりにして暗澹としてしまいます。。全くもって、うざいのは、そんな話しを丸テーブルで声高に喋ってるあなた方の方だ!、と言いたいところですが、勿論、一番うざいのは、文庫本を目の前に広げていながら、彼らの話題で頭を占領させてる私自身、である事は言うまでもないです。今や私の頭のなかは、その、見知らぬ、追いつめられた、ガラスのように壊れやすい孤独な人の事でいっぱいになり、ああ、出来ることなら私で良ければ、友達になりたい。。。と暴走してしまいます。だいたい、そのブチ切れぶりから想像すると、なんか私なんかと同じ匂いのする人物ではあります。
 同時に、そんな風に、「ちょっと誰かにビールぶっかけたくらいで、人を奇人扱いし、鼻つまみものにする連中」こそが、世の中の大多数なのだ、と思うと、いったいどうやって、この先、他人と折り合っていけば良いのだろうか、と頭を抱えてしまいます。しかし、ここで、そんな奴等には唾でも吐きかけてやる、と戦闘体制に入ってしまっては身も蓋もありません。愛と平和への歩みを自ら止めてはいけない、と、ここはふんばって、その大多数の人達を知ろうとする、努力を続けよう。ととりあえずは、甚だ中途半端な決意を新たにする、私でした。そもそも、もし仮に、私がその件の彼女と、本当に友達になっちゃった、としたら、それは、残念だけど、うざい人同士であり(だって良くは覚えてないけど、多分私、誰かにお酒かなんかぶっかけた事、あるような気がするし)似たもの同士で、互いに慰めあうばかりでは、あんまり建設的な関係とは言えません。友達には勿論なりたいけどやっぱ、出来れば、自分自身、大多数の側になってから、が最も望ましい事ではあります。(ここまで、全然知らない人に勝手に友情を覚える自分の妄想癖こそ、唾棄したくなる、部分ではあります)

 とここまで書いてふと、思い出した事があります。だいぶ前の事だけど、実は、わたしも、何を隠そう、ビールをぶっかけられた事があるっていう事です。
 それは、ライブのインターバルで、ほろよい気分のお客さんのテーブルで、何かよもやま話しをしてた時でしたが、突如、そのお客さんの奥さん、と思わしき人が、尋常ならぬ様子で店に入ってきて、我々二人にグラスの中身をぶちまけたのです。ここで、改めて書かずとも、誰もそんな想像しないとは思いますが、そのお客さんと私は、勿論、特別な関係だったわけじゃなくて、奥さんだって、そんなあらぬ想像をしたわけじゃない事は、間違いないです。(つまんないです。)恐らく、家庭内において、非常に深刻な問題が色々あって、にも関わらず、御主人の帰りが遅く、ひとり悩んでたら、なんかの拍子にそのライブバーにご主人がいる、と言う情報を仕入れ、家はこんなに大変なのに、呑気にこんな場所でボサノヴァとか聞きつつ酔っぱらってるご主人を見て許せなかったのでしょう。で、一緒に飲んでる私にもムカッ腹が立った、という訳です。奥さんの美しい顔がふるえています。勿論、現在、一家の主婦になって、家庭内での悩みの堪えない私は、その奥さんへの親しみを禁じ得ません。で、その時も私は珍しく、わりかし気分が良かったんで、その出来事はそんなに不快じゃ無かったんだけど、然し、何と、信じられないことに、少し、ではありますが、奥さんの事、うざいな、と感じたのです!恐ろしい事に。勿論、その時点では、自分も、奥さんと似たような行動をする人間である、なんて考えもしてません。恐らくは、「この濡れた状態で次のステージをやらねばならない」のに困り果て、「私のせいじゃないのに」と思ったように思います。だからといって、「きれいだけど怖い人だな」だなどと奥さんを批判するなんて、全く図々しいにも程があります。単なる事故です。ビール憎んで人憎まず。のはずなのに、わかりやすく、直接的に事故に関わった人物を心の中でうざいと決めつける自分が許せない。そうです。本当の敵は半ば大多数に片足つっこんでる自分をゆるせぬ自分です。そのへんの自分を許せるようになって、初めて、本当に、大多数の連中、と手を取り合えそうです。勿論、孤独な彼女みたいな人とも、良い友達になれる、そんな日が来れば。と願わずにいられません。
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# by michaelist | 2006-07-18 22:35

ライブ・スケジュール

 夕べ、折角ブログを更新したのに
肝心のライブスケジュールを載せ忘れてしまいました。
続けざまに恐縮ではありますが、下記の通りです。



 毎日気にかけつつ、とうとう6月のライブ情報を書けずに終わってしまいました。パソコン始めたからといって、一朝一夕にまめな人になれるほど、IT社会は甘くありませんでした。しかしめげずに7月と8月のライブで特に皆様に来て頂きたいのを四つほど書かせて頂きます。皆さんどうぞよろしくお願いします。

●7月5日@大船ハニービー(http://www.l-honeybee.com/)
東(ヴォーカル&ギター)
田辺卓司(7弦ギター)
内藤のぶお(パーカッション)

チャージ:¥1500
1st 7:30〜
2nd 9:00〜


●7月14日@高津オンタイム(http://bsn.bbzone.net/ontime/)
東(ヴォーカル&ギター)
共演:平田王子(ヴォーカル&ギター)

チャージ:¥1800
1st 8:30〜
2nd 10:00〜

●8月2日@日暮里Bar Poto(http://www.geocities.jp/barporto/BarPORTO_Frame.html)
東(ヴォーカル&ギター)
マツモニカ(クロマチック・ハーモニカ)

チャージ:¥2500
1st 7:30〜
2nd 9:00〜

●8月10日@青山プラッサ・オンゼ(http://www.praca11.net/)
<アス・クリーヴェイス>
東(ヴォーカル&ギター)
中西文彦(エレクトリック・ギター)
織原良次(ベース)
ビック(パーカッション)

チャージ:¥2000
1st 8:00〜
2nd 9:30〜


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# by michaelist | 2006-06-29 11:52

これもアスぺだから、でしょうか

アスぺだから、なんでしょうか?(他のアスペルガー障害者の方々、すみません)


なんか、ちょっと前にTV(調布のケーブルTV)で小学生のドッジボール大会とかいうのをやってて(この時期、そういう番組がついてるって事、我が家ってなんかすごいです)
ちゃんとは見てなかったんだけど、どっかの全然強くないはずの学校が、思いがけず決勝まで進出して、すんごい強い学校と決勝戦をする事になってしまいました。そしたら、どうも顧問の先生と思わしき人とか、当の小学生までが、「多分、負けると思うけど、ここまで来たからには頑張ります」とかなんとか言ってて、。珍しいな、と思いました。なんか不謹慎ですらありますよね。。さすがに。どんなに自信のない曲やるときでも「多分、とちります」とライブで事前に言っちゃいけないって事以上に。、

しかしながら、「絶対勝つぞ!」と言うのも何か、実は苦手です。そういう風にどうしても、断定するのを聴くと、ちょっと哀しいです。世界ってそういう感じでなりたっては いるんだけど。「日本は勝つと信じてます。」まで言ってしまうと、もう、いたたまれないです。

すごい馬齢を重ねたにもかかわらず、やっぱし良くわからない、良い方向にいく事を確信するっていう技が。
 
そういえば、昔、ベース弾いてたとき、バンドの人が「輝美なら出来るって信じてる」って妙に大袈裟な調子で言ってものすごい難しい曲を弾く事になってしまいました。いったい何を根拠に?だいたい、あんまし重たい楽器って家でわざわざ、ケースから出すのが面倒だし、勿論、一回、出したら、しまうのも大変です、そんで、自ずと出しっぱなしになってしまうと、折角、可愛く飾りたててる自分の部屋にちぐはぐにもベースが置いてある、なんて、絶対やだ!と、まあ、所詮、私の高校時代なんてそんなもんです。スタジオとかライブ以外でベースなんて絶対弾かない、(こんな私をバンドに入れてくれてた人達、ありがとう!)
(ていうか、そんなにイヤなのに何で、バンドをやるのか?とせせら笑う人もいるでしょうが、何も好きなものがないって結構つらいんで、なんか魔がさしちゃうもんです、人間なんて。)

とにかく、そんで「信じてる」て言われた重圧に押しつぶされそうになりつつ、その日から、次のリハの日まで家で毎日、某N.W.とかの弾いてるリフレインのコピー練習をとりあえず、したんだけど、後にも先にも、そんなに自主的に楽器をいじった事が無いくらいで、不安になってしまうくらいでした。一体、何が自分に起こったのかな?。ライブではそこそこ上手く弾けたように記憶してるけど、重要なことは、あの、猛練習と上手くいったライブがつながらないっていう事です。
 両方とも、根拠なく、別々に降りてきた出来事としか思えないのです。そういうのが、起承転結が、実感できれば、信じるって事の意味がわかるのかな、と想います。
掃除した事ときれいになったことがつながらないし、料理をしたことと料理が出来たこともつながらない。達成感、がないんです。自分のしてることが何を産むか、信じられない。



いずれにせよ、あんとき、信じてるって、言ってくれた友人は、いい人だったなあ、とは想います。
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# by michaelist | 2006-06-29 02:11

サディストは優しいマゾヒストなんじゃないかって言う気がしてならないんです


 もう、長年、主張しては皆に軽く流される類の話で恐縮です。しかし、未だに
「どっちかっていうとS?M?」みたいな、当たり前の会話に違和感を覚えずにいられないんです。そんでタイトルにあるような発言をうっかりしてしまい、せっかく盛り上がった場の空気を悪くしちゃいます。

 確かに、そういうSM関係のお店とかに出入りしてる人とか、そういう仕事してる人とかの友達がいないので(内緒で通ってる人とかいるのかもしれないですが)こっちも断定は出来ないんですが、ごく主観的に見て、人ってだいたい、ちょっとは、痛いのが、快い生き物なのではないかなあ、と思わずにいられないのです。感度は個人差があるにしても。もうどうしようもなく、激しく絶望したときとかって、なんか恋が実った時に似た、体の震えみたいな物があってちょっと気持ち良く無いですか?(あんまり痛すぎる時のには、もう苦しみが全身を覆ってしまって気持ちいいどころの騒ぎじゃない場合もありますけども。)、と勝手に人類を皆マゾヒスト、と断定する短絡的な展開をお許し下さい。

 で、そういう震えみたいな気持ちよさって、自分の大好きな誰かが痛い想いをしてるのを、目の当たりにしてるとき、自分の胸がその相手を思いやる優しい気持ちが、痛くて、それが気持ち良い、それが、サディスト、なのでは?と思いこんでしまい、マゾ>サドの図式が私の中に出来上がってしまいました。
 本当のサディスト、マゾヒストを自認する方々には、そんな簡単な話じゃないよ、って言われると思いますけども。
ただ、私はどうしても信じる事をやめられないんです。
 
 どんな極悪非道な行いをする人でも、その胸の奥底には、実は少しの優しさがある、と。
その優しい部分に光の当て方を変える事で、世の中の取り返しのつかないような悲しい事件とか、なくなる可能性がある、と。甘いですか?  
 
 (ところで、高校くらいの時、、サド侯爵の一連の「悪徳の栄え」とかそういう本を初めて読んだときにはすでに、前途の考えで頭がコチコチに固まってたせいか、残酷な場面とかいくら読んでも、生来の読解力の無さも手伝って、ザッヘル・マゾッホの「毛皮のヴィーナス」とかと同じような自虐性を感じたように思います。そういえば、マルキ・ド・サド本人は、小説で想像するほどの、人を死に至らしめるような悪行を重ねた訳じゃなく、残酷ではあったけど、実際に彼が犯した罪と言えば、礼拝堂で聖盃に射精した、とかキリスト像の前でなんか奥さんじゃない人と、姦淫した、とかそういう話が多いみたいで、もう完全に、自分いじめな感じがします。)
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# by michaelist | 2006-06-08 23:53

ありがとう連呼

★5月31日
青山プラッサ・オンゼ
http://www.praca11.net/
tel 03-3405-8015

開演:8:00〜(2ステージ)
チャージ:1800円

<アス・クリーヴェイス>
東(ヴォーカル&ギター)
中西文彦(ギター)
ビック(パーカッション)


ちょっと前まで、定期的に自閉症関係の情報交換の集まりみたいのがあって、ケースワーカーのWさんっていうおじさんがいろいろ情報を提供する、会合がありました。

アスペルガー障害者本人っていうのは私だけで、他は、自閉障害のお子さんを持つ
お母さん達です。(アスペルガー障害っていうのは広い意味で自閉症の範ちゅうにはいる障害です。)
お母さん達は、皆、成人のアスペルガー障害の私に、興味津々で、「ねえ、5才くらいのとき、こんな事しなかった?」とか「こうこうこういう事するのってどうしてなの?」と色々、聴いてきたり、私も、そのグループにいると、ちょっとしたスター気
分です.

 その日はケースワーカーのWさんが自閉症についての新しく出版された本の紹介をしてました。それで、私は、「面白そう、読んでみようかな」というような事を言ったんです。

どういう訳か、空気が急変したのです、その時。
ママさん達の顔が変わり、「何?」と想ったら、次ぎに皆、口々に、私に向かい、「ねえ、そこまで、言わなくても。」「そんなにひどい本だなんて読む前から決めつける事ないわよ。」みたいな感じで、私を攻める、あるいはなだめる、という感じです。

「あの、そんな、別に此の本の事、何も悪くいってないです」と言おうとしたけど、
何が何だか意味不明過ぎて、言葉がでなくなってしまいました。
 この、ママさん達の事、もう私は大好きです。中でも、いつも私の向かいに座るTさんっていう人は、もう、すごく優しく、きれいで、明るくて、私を気遣ってくれて、(本人が読んだらどうしよう、、、、恥ずかしいです。)そのTさんの不快そうな表情を目の当たりにして、もう、その場で号泣すれすれになりました(本当に)。
無論、みんな、大人だから、帰る頃には、何事もなかったように、すっかり和気あいあいでランチしましたが。

しかし、腑に落ちぬ想いは頭に住み着いてしまいました。

あとで知人にその話をすると、「きっとネガティブな言葉から、始めたんだろ、その本の事話した時」って言われました。

えーと、確か、「淡々と箇条書きになってて、よけいな、ハートフルなところがなくて、私みたいな馬鹿でも読みやすそう」とか言ったかなあ、覚えてないけど。すると「その言い方じゃだめだ」と言われました。「淡々と」、は誉め言葉じゃないし、「ハートフル」、は誉め言葉なのに、それを否定したから。言葉って恐ろしい。本当にそうやって、自分の気持ちと反対に受け取られるのか、と想ってた矢先、さらにびっくりする事があったのです。

ちょっと、時は遡って三年くらい前です。
その頃、地元のボサノヴァの店で知り合ったSさんはすごく素敵な歌手です。ギターも弾きます。声がよいのは勿論、何よりステージでのただずまいが堂々としてて、努力家だし、もうすごく感心する事ばかりです。

その頃、某地方のライブバーで毎月、一人ずつ、ボサノヴァ歌手が出演する、出演者は次回のボサノヴァ歌手を店に紹介する、という企画をやってて、私も出させて頂いたんだけど、お店の人に「東さん、次回、誰か、いませんか」って言われて、真っ先に私の脳裏にうかんだのは、Sさんでした。早速、Sさんに電話して事情を話しましたが、「私なんてプロじゃないから」とか何か、謙遜してて、こっちも結構しつこく誘ったんだけど、結局、彼女は店の人に直接、つつましく、辞退の意を伝えた様でした。

でその後、(活躍のほどは知ってたけど)あう機会のなかったSさんと、こないだ久しぶりに、対バンでした。ますます輝きを増した彼女の歌を聴き、楽しいひとときでした。
そんで、いい加減酔っぱらったSさんが、何と、
「ねえ東さん!今日はすごく楽しかった、でもずっと言いたかった事があるの」と言い、「三年前、私のこと、経験がすくないって言ったでしょう、あの時は悔しかったけど、それなら、経験を積むぞ、と、沢山ライブやって、ブラジル行って、もう経験いっぱい、積んだからね!」とあっけらかんと明るく言うじゃないですか。
しかし、どう考えても、私は、三年前、彼女をべた褒めした記憶しかないです。、

私は多分「経験なんか少なくても全然大丈夫。Sさんのように素晴らしい人なら、お店の人は喜ぶから」と言うこと、言ったつもりでしょう。。そんで、実際はもっと、誤解をあおる、言葉使いだったに違いないです。

 私の、がさつで無神経な話っぷりで、Sさんの繊細な心に傷をつけたんです。

 謙虚なSさんは、「先輩から、何か、厳しい言葉を言われた」と想ったんです。結果的には、けなげにも彼女が、それも肥やしにしてますます向上したっていうのは無論、素晴らしい事ですけど。

でも、私、エゴイストだから、やぱり悲しいです、自分の気持ちと正反対に受け取られるのは。

今はやりの、ありがとう連呼、でもしてみようかな。ネガティブな言葉はどこにも入れてはいけないそうです。「おかげさまで元気になりました。ありがとう」は良いけど「おかげさまで病気が直りました。有り難う。」は×。「病気」という言葉がはいってるから、だそうです。
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# by michaelist | 2006-05-30 11:52