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デヴィッド・ワッツになりたい人みたいな人になりたいです

●4月27日
祖師谷大倉 カフェ・ムリウイhttp://www.ne.jp/asahi/cafe/muriwui/

●5月1日 青山プラッサ・オンゼ
http://www.praca11.net/
電話03-3405-8015
 20:00〜 
東(ヴォーカル&ギター)
中西文彦(エレクトリック・ギター)






愛することとは愛されたいと望む事、なんてジョン・レノンが歌ってましたが、
そういうのを聴く毎に、自分は、なにかを愛することが、この先、出来るのだろうか、と不安にかられました。勿論、その歌が大好きだからですが。。
 いや、自分には出来ない。自分が、すきだ と感じるものは、いつまでも神棚において眺めていたい、、こちらを振り向いてほしくない!という気持ちばかりで、そんなのは、きっと愛ではないのだなあ、、と自分は好きな異性の、助手席で、これ以上はどうしても近づきたくない、と思うとき、絶望するばかりです。

まあ、大袈裟なようだけども、
おそらく、ごく幼い時分、運動神経が、ほぼ皆無な私は、マラソン大会とかで、大恥をかき、汗、鼻水、涙その他諸々の分泌物にまみれて、ただでさえ普通に歩いてるだけでも充分むさ苦しいのだから、その時の惨状はもう、目もあてられない状態で、全校のびりっけつで、ブルマー姿で、とてもみじめな気持ちのとき、どういうわけか、普段は蝶よ花よと、ちやほやしてくれてる(すいません。嘘です。人並みに接してくれてる人々の振る舞いを、やたらと大袈裟に感じてるだけです)友達連中が、みな、私に声もかけない。みじめで寂しくて、どんな時よりも友達の優しさを、求めているときには、誰も近寄ってこないのであります。まあ、当たり前の事です。汚いものには近寄りたくない、というのは人間の、普通の生理です。わざわざ、汚いトイレを選んで用を足す人なんて、そうそういませんし。
しかし自分は寂しさから、大袈裟に悲劇的な気分に酔いしれ、どうやら、この連中は、ピアノが上手くて算数の得意な私、の事は好きだが、運動音痴で薄汚い私、の事は大嫌いなんだな。しかし私は、運動音痴で汚い私、こそ愛して欲しいのだけど。。。それこそが友達が欲しい私なんだもの。こいつら、私の友達じゃなかったのね。。とつくづく裏寂しくなってしまいました。

まあ多かれ少なかれ、そういう感じの似たような思いをした事がある人は沢山、いるんじゃないかと推測しますが、健康な人間であれば、おそらく、じゃあ今後は、マラソンを頑張り、みじめな思いをしないように努力しよう、とか、あるいは、運動がダメなら、算数とピアノでもっと輝ける人になろう、と思う、等の姿勢をとる事でしょう。しかし、自分はそのどちらもしなかったのです。私は、この、人間というものが、輝いているものにだけ、近づきたがり、みじめなものには唾をはきかける、という現実をどうしても、素直に受け入れる事は出来ぬ、だから、自分が、自分の求めている人になりたい、せめて、自分はみじめなものを愛する人になりたい、と強く思ったのであります。まあ、ある意味、偽善者の誕生です。とはいえ、どのみち、まあどっちかっていうと普段から鼻水たらしてたり、かけっこが遅いような男子みたいのって、なんか親近感めいたものがあるし、好んで、何かと、ペアを組むようにするだけなんだけど。しかし、こんな事してると、矛盾が生じるんです。私は孤独な人が好きなのであるが、この相手は、いくら鼻水たらっして鈍くさいことこの上なかろうが、少なくとも、私に愛されてるのだから、もう孤独じゃないんで、私はもう彼を愛する動機を失ってしまったのだ、、。じゃあ誰も愛さぬ。。なんて孤立が深まるばかりの人生、弱い私には堪えられないのです。私の中の神が決めた事なんて、嘘だ、と思いたい、そう、一番大事なことをしそびれました。大事な事は、たぶん、あのマラソンのとき、全然、話しかけてこなかった連中を、私のほうから愛する事だったのです。
おそらく私は平素より自分の美点を褒めそやされて、慢心するばかりで、かれらの事を充分愛してなかったんでしょう。もし私が、彼らを普段から好きだったら、ひょっとしたら、あのみじめな気分のときにも、誰かが優しく、励ましてくれてたかもしれないです。時すでに遅しでしょうか。私と世間の溝、どうしても埋めたいです。すいません、今、私は、知ってる人、全員が大好きです、唾をはきかけられようが。
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by michaelist | 2007-04-25 14:18

覚えてなんていられません。まして忘れる事なんて出来ません。



●4月3日(火) 青山 プラッサ・オンゼ
http://www.praca11.net/
電話03-3405-8015
 20:00〜 

東(ヴォーカル&ギター)
中西文彦(エレクトリック・ギター)



●4月13日(金) 日暮里 bar porto
http://www.geocities.jp/barporto/BarPORTO_Frame.html

東(ボーカル&ギター) 
阿部浩二(ギター) 


今日は、特に物忘れが多いなー、と思う出来事が続きましたが、考えてみれば物忘れって言葉、なんか変じゃないですか。
というのも、よく、曲を覚えるのが早い人、とか、遅い人、とか言う話しがあるけれど、
まあ、そういう事いうと、うっとおしい事この上ないんですが、覚える、ってどういう事?って思うんです。夫とかにそういう、くどくどした話しすると、怒られるんであまり言いませんが、、

だって、何度歌っても、いつ、脳内に入ったのか、なんてわからないし。
もし、ゆっくり思い出せば、暗唱出来るって言うことなら、それはそれで、いつ達成しようが、少なくとも演奏活動には、対して役立つことじゃないし、
いつでも、音楽とともに歌える、って事が、覚えた、と言うことになるんなら、
私には一生、一曲も覚える事は出来無いでしょう。どこで線をひくんだろう。

まあ、それは良いとして、一般的には、曲を全然覚えられない奴、という事になってる私だけど、
さっき、思ったのは、つまり覚えが悪いのではなく、
今、私、コード、バカみたいなの弾いてしまったなあ、
とか、過去をふりかえるあまり、歌詞が飛ぶのであって、一つの歌を歌う際、獣ざまに、なれれば良いのだけど、なにぶん一秒くらい前の事とかを思い出しすぎるから、いけないのだ。。
だから、物忘れがひどいというよりは、物覚えが良すぎる人が、歌詞とかを覚えられない人、って事になるんじゃないでしょうか。なんて言い訳してる場合じゃないんですが。。

まあ、覚える、忘れる、なんてどうでも良いから、いつか、まともな音楽を野獣のように奏でる日が来れば。。と願います。
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by michaelist | 2007-04-01 19:41