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赤い鳥の国に行ったまま生きたいのです。


●3月16日 野毛「TIME」 
横浜市中区野毛町1-46-1 (柳通り)
電話045-252-6244
 20:30〜 
東(ヴォーカル&ギター)
田辺卓司(7弦ギター)

●3月29日大船 ハニービー
http://www.l-honeybee.com/
電話0467-46-5576
 20:00〜 
東(ヴォーカル&ギター)
田辺卓司(7弦ギター)
内藤修央(パーカッション)





前の日記が、相当、くよくよムードが炸裂してしまい、ご心配なさった人たちから、色々、慰めとか、励ましのコメントもらったり、会う人会う人、「大丈夫?」と言われたりします。
有り難うございます。本当に嬉しいです。
 
 で、そんなに心配ないです。妙に大袈裟に、病気かも?と自分でかいたけど、まあ呑気な自分は大袈裟なだけで、ふつうに生きています。

ただ、なんか、最近、自分の言動へのコントロール力がますます退化していて、勿論、もともと、常識がないので、人の気持ちを心ならずも傷つけたりするので、言葉には注意に注意を重ねてるつもりが、なぜか、最近、自制心が著しく衰えて、何を話しても人に通じず、無駄に人を傷つけている様子で、自分で自分が恐ろしくなっているのであります。

まあコミュニケーションなんて、成り立ち難い事は百も承知です。先日もカフェで、隣りに居た女性二人が、会話してたのを、私は聞いてしまいましたが(ほんとに、自分はライブ前に心を平静にしたくて、カフェに入るのに、その他譜面の並べ替えその他もろもろの自分の目の前にある、今やるべき事のためにカフェに入ったのに、やっぱし周囲の会話などが耳に入る。ヤな人です)一人が「こないだ、娘が海外旅行みやげに、ニナ・リッチのバッグをくれた、とても高級品だが、知ってるか、自分はとても嬉しい」というような事を言うと、もう一人が「あの、なんか革の、、ぼつぼつした奴でしょ、知ってる」というような事で、ずっとバッグの話をしてましたが、たぶん、一人は、オストリッチの事だと思いながら、問題なく会話をしているな。と思ったものです。しまいには、自分の脳裏には
ニナ・リッチのロゴのついた、ダチョウの皮革の、毛穴模様のけったいなバッグ、の姿が浮かび、そうなると、もう譜面の整理なんか勿論、手のつけようがなくなってしまいます。
(言い訳めいてしまいましたが。。) 
 
 ごく真っ当な、大人の女性の友達同士のやりとりですらこの有り様、となると、平素より、「何が言いたいのかさっぱり解らぬ、」と言われ続け、こっちも相手がいわんとする事を理解できない私、となると、もう世界は巨大な謎、エニグマであるなあ、と実感せずにはいられないのです。ニナ・リッチがオストリッチと受け取られるように、自分は誰かがAと言えばBと聞き、相手は私がBと聞いたとは知らずに、Aの話しを続けるのである。私はBの話しと思いつつ受け答えをし、その分からず屋ぶりに、温厚な相手も怒りが爆発する、そんな事を考えると、私がもし、クリエイティブな人だったら、周囲の言動を全部勘違いして受けとめた挙げ句、壮大な妄想物語を構築してしまう事もあり得るなあ、それこそ、よく言われる、精神疾患の一症状である幻覚、幻聴を引き起こすことになるのではないか、
と思い、今さらながら、自分が社会生活を送ってられるのは、クリエイティブじゃなくて想像力が貧困なお陰である、とりあえずは良かった、と神に感謝するのであります。
 
 それじゃなくても、道を歩いていて、ふと知らない人の「あの人、いやね」という言葉が耳にはいれば「え?私の事ですか?」とつい身構える自分です。もっと、私が気にしすぎになれば、「私は彼らに何か不愉快な事を、してるのね」と確信に至って、自分の行動を色々振り返るでしょう。そうすると、人間なんていくらでも知らない人に迷惑をかけてるので、思い当たる事は山ほどあります。きっと傘を振り回して、あてたのね、とか、自分の彼氏は以前この女と付き合ってて、私が奪った事になってるのかな?とか。
 このように世間の不幸をことごとく自分のせいだ、と考えるのは、一見謙虚に見えますが、一寸考えれば、傲慢きわまりない事でもあります。
 一体、私はなにさまのつもりだ。
 世間の不幸は私のせい?。私を中心に宇宙の不幸が回っている?。地球のまわりを太陽が回っている?。。よくは知らないけど、ガリレオ・ガリレイの時代より前には、そういう 私みたいな図々しいセンチメントの人が多数派だったのかも知れないです。 (ちょっと違いますね。すみません。)
 まあとにかく、そんな妄想まがいな事はいずれにせよ、砂の一粒にも満たないものが、巨大な風船であると思ってるようなものです。
  
 まあ、繰り返しますが、私は呑気です。そこまでは行かぬでしょう。家族がいるし、コメント書いてくれる人がいるし、いつも話題にするあったかいミュージシャン達がいるし、、ライヴに来てくれる人達がいる。そういう素晴らしい事すべてが、万が一、幻覚、幻想にすぎぬ、という事だったとしたら、私はそれらの幻想の中を生きていきたい。自分は、それらを現実だ、と信じているからです。 

 
 
 
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by michaelist | 2007-03-12 17:52