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3月のライヴ・スケジュール

ちょっと早いけど、来月のライヴ・スケジュールです!

よろしく、お願いします!


●3月7日 青山プラッサ・オンゼ
http://www.praca11.net/
電話03-3405-8015
 20:00〜 
東(ヴォーカル&ギター)
中西文彦(エレクトリック・ギター)



●3月16日 野毛「TIME」 
横浜市中区野毛町1-46-1 (柳通り)
電話045-252-6244
 20:30〜 
東(ヴォーカル&ギター)
田辺卓司(7弦ギター)

●3月29日大船 ハニービー
http://www.l-honeybee.com/
電話0467-46-5576
 20:00〜 
東(ヴォーカル&ギター)
田辺卓司(7弦ギター)
内藤修央(パーカッション)
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by michaelist | 2007-02-22 17:17

夜が私の心を覗いてるような気がする時

 精神を病んでいるかどうかの基準として良く言われる事というと、自分で自分が狂っている事がわからない事、という事です。異常な行動をとりつつも、あくまでも、自分は正常である、と思いこんだら、もう遠い世界に行ってしまった証拠、そう念頭におけば、いつでも今、自分は、異常な言動に至っていないかな、と自分を疑い、そういう自己不信感がある限り、まだまだ大丈夫、というのは大きな間違いであります。
 わざわざ書くほどの事でもないけれど、自分を映す鏡なんて誰も持っていないので、自分は馬鹿だ、自分は他人を不快にさせるのだ、自分はエゴイストでファシストだ、といくら謙虚に自覚してるつもりになったとて、所詮、安直な推測にすぎず、本当の自身の姿はわからないからです。昔に、ある友達が「自分は学歴がない、容姿も今ひとつである、職業も地味でパッとしない故あまり女性に評価されない、誰も自分の内面を見ない、俺の中味を見てくれよ」と言ってたけど、失礼ながら、その人の学歴、容姿などは、勿論、深刻な問題じゃなくて、その、自分は内面が美しい、と考えてる独善性とかがいけないんじゃないかなーなんて思った覚えがあります。
 人は謙虚であろうとすると図々しくなる。私はもう駄目そうです。病院に入るのは気が進みません。どうすればいいでしょうか。
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by michaelist | 2007-02-13 13:25

これくらいの暗さの坑路だったら光をあてる事も出来そうな気がします

年がかわってのっけからさえない話で恐縮ですが(まあ毎度の事ですが)、常日頃から、一日が24時間である限り、不器用な人間は幸せになれないのではないか、と感じます。
 というのも、自分の生きてきた年月に比して、自分という人間は深みがなく、なんか蓄積がないっていうか、そんな事を考えずにいられぬ出来事が続くからで、それというのも、24時間の中でこなさねばならぬ事が不器用ゆえに多すぎて、色いろと、やりとげた感とかを全然感じないからだと思います。それを実感したのが、先日、某郊外にボサノヴァ営業に赴いた時でした。

その前日、TVで、某カリスマ・お掃除タレントが出てて、まあ家を汚くしてる他のタレントの家をきれいにお掃除する、という良くある主旨の番組で、私も、常日頃からきれい好きのくせに掃除が苦手なクチで、色々参考にしようと夢中で見てたんだけど、汚い部屋の玄関先に踵のつぶれてるのを見た、そのカリスマのお方が「靴のかかとを踏んで歩いてる人は自分の運を踏んで歩いてるようなものです。」ときっぱり言ってたわけでした。もっともです。私も靴のかかとは踏まないけど、色々、きちんとしなきゃいけない所だらけだもんなーと素直に気持ちをひきしめました。

で、翌朝、気持ちも新たに、共演ミュージシャンの車に乗って郊外に赴いたわけです。
快晴です。中央高速に入ると同時に、眼前に富士山があらわれ、心安らかになった私は日頃の疲労の蓄積した肉体を(て前日もお掃除のTVとか見てただけだし、どう考えても全然忙しくない人がいう事じゃないですが)癒すのは今しかない!と車中で靴とか脱いで本格的に弛緩して熟睡に至ったのですが、目的地は思いのほか近かったようです。「もう起きて、とりあえず、東はここでおりて」と言われて、ねぼけつつあわてて靴を履こうとしたものの、どうも履きにくいことこの上なく、相手はあまり停車するにはふさわしくない場所なので、さっさと発進したい様子です。私もあせってギターとか荷物を背負ってしまい、そうしたらますます四肢が不自由になって靴を、ちゃんと履けなくなくなって、やむなく、かかとをふんだまま下車に至ってしまいました。前日のお掃除タレントの言葉が脳裏に浮かびます。
悲しいです。とりあえず、どこか一人になれる場所で踵を靴に押し込めねば、ともうそれだけです。しかし、どういう訳か店の人が外で待っててくれて、歓待してくれて、有り難いんですけど、初めて会う人の前で、靴を履き直すほどの度胸なんか勿論無いので、そのまんま店に行って、共演者もやって来て、サウンドチェック兼リハーサルを行う羽目になりました。靴のかかとを踏んだまま歌う、イパネマの娘とかって辛いです。カリスマ・お掃除タレントにはわかんない事だと思います。全くもって、「私は、歌うときは、歌に私の全生命を歌に近づけるのよ。リハーサルでも本番でも」とは亡きエリゼッチ・カルドーゾかなんかが昔TVで言っていたような気がしますが、そんな大それた言葉は別にしても、お掃除タレントの訪ねた部屋、そこの玄関先にあったかかとのつぶれた靴、そんなものばかりが心に住み着いていて、今の私の全生命はイパネマ海岸にはあまりにも遠いです。
 そもそも、靴の踵をふんで歩いてる人が自分の運を踏んづけてる訳では、無い。運が踏みにじられてるから心ならずも踵まで踏んで歩く羽目になるのでは無いかなー、それでも、靴のかかとを踏んで歩く人が運を踏んづけてる、と言うのなら、不運→踵を踏む→運を踏み付ける→さらに不運
不運は雪だるま状態だなあ(我ながら語彙が貧相です。)とまあ、いつもながら、誰をも責める事も出来ず、わが身にもともと備わっている不器用さがもたらす禍いの数々に思いを寄せずにはいられなくなります。とても言えない事が沢山です。しかし。不器用さとは、そもそも不誠実さなのでは、ないかな、とふと思いました。思えば、沢山の事に助けられている。方向音痴故に道に迷い、本来10分のところを2時間くらい歩いて、靴の底が抜けたのもライヴの直前だったけど、すぐさま、近所のジャスコの1000円の靴売場に案内してくれた友人。こないだ中は続けざまに本番直前にマイクを忘れた事に気づき、その次の週はアンプの電源コードを忘れた事に本番直前に気づいたけど、大丈夫、大丈夫、と励ましてくれた友人。そういう出会い、それが運ってものです。そういう事を禍いの思い出と共に思い出せるようになって、ふと、今日この場に呼んでくれた、人達に感謝の念がおき、少しは馬齢をむさぼった甲斐があったなあ、と控え室で靴を履きました。
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by michaelist | 2007-02-13 01:08